小説・絵などのもくじ
- こちら - 。  -  (別窓)

saylus(俺)について
- こちら - 。   -   (別窓)

アルカナコレクション
- こちら - 。   -   (別窓)

 


るべれてん 【 saylus : [根性] 】

[ジョブ]
サラリーマン
フリーライター
見習いカトリック信徒
エクソシスト

[レベル]
21

[称号]
割愛

[HP]
2051 / 5634

[MP]
315 / 645

 

 

 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--(--:--)|スポンサー広告||TOP↑


 ルカはまだ、崩れた神殿に居た。ただじっと、光を一身に浴びるルークを見据えて。

「ちょっとだけで、いいんです……」

 くるぶし程までの深さしかない泉に、右足を浸す。ちょっと冷たい、とルカは思った。

「力を、ほんの少しだけ、人を守れる力を、下さい……」

 ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちょん、ぴちょん。
 ルカが歩くたびに、浅い泉の水は音を出しながら波紋を広げる。

「大事な人を守れる、強い力を……あたしに、下さい……」

 中央までたどり着いたルカは、黒のルークを手に取って頭上に掲げる。

「我、汝と盟約を交わし、汝と同期す。ルカ・ドルバードの名において……」

 ルカがそう言った途端、黒のルークは今まで浴びてきた光を一気に反射するかの様に
光り輝き始めた。途端、ルカの体は黒のルークに吸い込まれる様に消えたかと思うと、
黒のルークの影形は無く、そこには黒き竜が一匹、焔を軽く吐きながら佇むだけだった。

『ワレ ナンジトメイヤクヲカワシ ナンジトドウキス』

 黒き竜はそう呻き、暗紫の翼をはためかせながらフルフトリドの丘を飛び去っていった。

『ワガホノオ セカイヲヤキツクスタメニ ソンザイス』

 黒き竜は一直線にデルリフェルツへ向かい、肺一杯に空気を吸い込んでデルリフェルツ
めがけて焔を吐き出した。
 その様子を走りながら見ていたエルニャは、思わず立ち止まって振り返った。

「ルカ、デルリフェルツが危な……」

 てっきり後ろを走ってきているとばかり思っていたエルニャは、ルカが居ないと知って愕
然とした。

「ルカ…………?」

 遠くを見渡しても、ルカの姿は無い。エルニャは苦虫を噛み潰したような顔で、港町デルリ
フェルツへと再度走り出した。
 ルカはきっと大丈夫。きっと途中で転んで、ちょっと休んでるだけだ。そうエルニャは思い
込む事にした。





 エルフェスは腹這いになって、下を見つめていた。それに習ってグラスティも、エルフェス
の隣に腹這いになって下を見つめていた。

「鎧が汚れる。さみぃ。腹減った。昼メシ食ってねえ。喉乾いた。何か飲みてえ」
「酒でも飲むか?水筒に入れたまま半年位腰にぶら提げているのだが」
「まだ天の国とやらに遊びに行く気はねえから遠慮しとくぜ」
「そうか、残念だ」

 昼食を食べそびれたエルフェスは、機嫌がすこぶる悪かった。昼食中に呼び出されたグ
ラスティもまた、機嫌がすこぶる悪かった。が、仕事中なのでぶちぶちと文句を言いながら、
パラディン十二騎士ご一行様の到着を待っていた。

「全く、食欲だけには忠実な親子だなあ」

 とろんとした眠そうな目つきで、グラスティの妖精ジョナサンはぼやいた。

「食わねえと死ぬだろ」
「そんな、一食くらい抜いても大丈夫だと思うんだけどなあ」
「その一食を途中でお預けにされれば、はらわたが煮えくり返るようではないか?」
「食べそびれたエルフェスよりはマシだと思うんだけど」
「だよな?ジョナサン兄もそう思うよな?!」

 良き理解者を得たエルフェスは、水を得た魚とばかりに勢いよく起き上がって目を輝か
せる。

「そうそう。グラスティは贅沢を言い過ぎるんだよ」

 眠そうな目を崩す事無く、ジョナサンはエルフェスに同意を示す。

「食事中に席を立つとは、マナー違反だろう。食事マナーすら守れぬ様な輩に成り下がった
暁には、もう永久に女性に振り向いて貰えないだろう?」
「オレとしちゃそっちの方がいいと思うんだけどな」
「同感同感」

 ジョナサンが二、三度頷いた後、エルフェスは満足気な顔をしながら再度腹這いになっ
て、ペパン王国からの客を待とうと身構えた。
 その時、丁度右手にあった港町デルリフェルツから、叫び声や獣の咆哮が聞こえてきた。
 同時に、建物が燃えて崩れる音が静かに、鋭く響き渡る。

「何だ?!」

 エルフェスがそう叫んでデルリフェルツの方向を見遣ると、空に黒い点が飛び回り、その
黒い点がデルリフェルツを焼き尽くしていた。

「なっ、ありゃあ何だ?!」
「わからん。が、確かめに行くに越した事は無いだろう。行くぞ!」

 グラスティがそう言うや否や、近くの木に結わいていた馬に跨って全速力で駆けて行った。エルフェスもグラスティを追うようにして、馬の背に跨った。
 何か、嫌な予感がする。港町デルリフェルツを何かが焼き尽くしていると言う時点でかな
り嫌な事態なのだが、他にもまだ嫌な事態が重なっていそうだ、と思ったエルフェスは、無
意識の内に左腰に携えているクレイモアの鞘を汗ばむ左手で強かに握っていた。



 黒い黒い、悪魔の咆哮。
 響き渡るは子供の泣き声、怪我人のうめき声、建物の焼け崩れる音。そして、エルフェス
自身の溜息。

 ―― 町に戻れなんて、言うんじゃなかった。

 教会、エルニャの家、エルフェスの家。
 エルフェスは思い当たる場所を片っ端から馬に跨って見回ったが、全てがほぼ焼け落ち
ていた。
 中に居た者は全員焼け死んだか、焼け落ちた建物に潰されただろう。

 ―― もしかしたら、エルニャも。

 エルフェスは思わず腰の剣帯にしっかりと結わいてあったクレイモアを抜き、右手にしっか
りと握って左手で馬の手綱を引き始めた。

 ―― 早くオヤジを探して、諸悪の根源をとっちめねえとな。

 そうエルフェスが思った刹那。

「“風よ 我が盟友に汝が翼を貸し与えよ”」

 途端、エルフェスの足に春風が集まり、ふわっと軽くなった。

「“サクス・テスタメント”」

 急いで後ろを振り返ると、馬から降りたグラスティが抜き身の剣を掲げて立っていた。
 そんなグラスティに向かって盛大に溜息をつきながら、エルフェスは声をかける。

「魔法かけンなら、言ってからかけてくれよ。驚くだろ」
「時は一刻を争うのでな。お前もとっとと馬から降りろ。そっちの方が早いだろう」

 全く悪びれた様子も無く、グラスティは抜き身のブロードソードをそのままに肩を竦めて
答える。

「へいへい。で、お客さんはどちらに?」

 エルフェスがおどけてグラスティに問いかけた直後、右側にあった建物がごうっと音を立
てて崩れ落ちた。
 そして、その上には。
 灼熱の焔を吐き、暗紫色の翼をはためかせる黒い大きな影が一つ。
 口元で、愉しげに焔を踊らせながら。

「ご丁寧にも、ここまでご足労頂いたようだな」

 エルフェスは藍色のサーコートを翻して、馬上から降りる。エルフェスが馬から降りるや
否や、馬は大きく嘶いてどこかへ走り去ってしまった。

「ったく、ご苦労様なこった。デルリフェルツのすみっちょまで、例外無くこんがりと焼いて
くれた上に……」

 エルフェスとグラスティは静かに目の前の黒き竜を見据えながら、クレイモアとブロードソ
ードを構える。

「オレらにご挨拶しに来たってーワケだ」
「こんなバケモノをエルフェスの嫁と認めるには、いささか躊躇せざるを得んな。『ウチの息
子は渡さ~ん』と叫んでもいいか?」
「安心しろ、金積まれても願い下げだ。『おムコに行きたくな~い』とでも言って、自室に引
きこもるぜ」

 タイユフェール親子は軽くジョークを言い合いながら、目の前の黒き竜へと突撃するタイミ
ングを伺っている。
 黒き竜は強かに羽ばたきながら、タイユフェール親子を見据えている。
 ふいに、黒き竜は大きく息を吸った。それが攻撃開始の合図だった。

『うらァァァッ!!』

 踵は大地を一蹴し、各々が構える剣の刃先は勢いよく空を切った。
 タイユフェール親子と黒き竜の距離はグラスティの唱えた魔法の恩恵もあって、一気に
縮まる。
 エルフェスは力いっぱい、黒き竜の首筋にクレイモアを振り下ろした。
 グラスティは勢いよく、黒き竜の顎を横一線に切り裂こうとした。
 が。
 黒き竜の鱗は固く、二人の剣は響き渡る金属音と共に、ほぼ同時に弾かれた。

「な、何だぁ?!」

 エルフェスは無意識の内にそう叫んでいた。一方のグラスティは怯む事無く、勢いを殺さ
ず即座に黒き竜の眼めがけて、ブロードソードを突き立てた。

 ―― やりおったな?!

 途端、思惟が二人の中に直接入り込んできた。
 敵の強固さと流れ込んできた思惟によって、エルフェスは驚きの余り立ち竦んだ。
 対してグラスティは無表情に黒き竜を一瞥した後、自らの魔法によって加速された足
で急ぎ間合いを取る。

「エルフェス、離れろ!」
「…………?!」

 グラスティより一喝された事により正気を取り戻したエルフェスは、やけくそにクレイモア
を黒き竜の横腹に突き立てた。
 が、堅い鱗のせいでまたもや弾かれたクレイモアの勢いそのままに、エルフェスは急いで
十分な間合いを取る為に後ずさる。

「何だぁ、このやったら堅ぇヤツ……」

 エルフェスは誰にとも無く呟いたつもりだったが、グラスティに聞こえていたようだった。

「恐らく、あの三悪魔の一匹“ベルゼブル”だろう。焔を吐いたり空を飛んだり……」

 グラスティは汗ばんだ手で、剣を構えなおす。

「何より、腹の中から真っ黒だからな」

 そう言ってほくそ笑んだグラスティは、黒き竜の持つもう片方の眼も潰そうと走り出した。

「こいつがへばったら漂白剤をたらふく飲ませて、腹ン中から真っ白にせにゃなんねえな」

 ククッ、とエルフェスは喉の奥で苦笑を漏らして、力いっぱい地を蹴った。
 エルフェスはクレイモアを大きく振りかぶって、黒き竜の首筋に落す。
 グラスティは先程潰した左目と反対側、エルフェスの居る右目を潰しにかかった。

「やったか?!」

 エルフェスの振り下ろしたクレイモアは、またもや弾き返された。
 しかしグラスティが黒き竜に突き立てたブロードソードは、ベルゼブルの右目を貫いていた。
 全てが、同時だった。
 一瞬の内に黒き竜の両目を潰した事を確認したタイユフェール親子は、急ぎ間合いを
取った。
 それと同時に黒き竜は、両目を貫かれた痛みにより甲高い声で鋭く叫びながら大きく羽
ばたいて、空高くに消えた。
 近衛騎士長とリット王国副兵団長は、その様子を尚も剣を構えたまま目線だけで追った。

「おーおー、お外が真っ暗だと知ってやっとお家に帰りやがったか」

 エルフェスは黒き竜をそう揶揄し、剣を鞘に収めた。

「我らのロマンスと言うシャトーに帰ったのだろうな。永劫ロマンスの中に引き篭もって頂
ければ、有難いのだが」

 グラスティもエルフェスに負けず劣らずの揶揄を返し、剣を鞘に収めてエルフェスに向き
直った。

「エルフェス、怪我は無いか?」
「ああ、足をちっと焼かれた。ミディアムレアで手加減してくれたけどな」

 そう言ってエルフェスは、眉を顰めつつ右足を軽く擦った。

「そうか。ならば唾でもつけておけばすぐ治癒するだろう」
「回復魔法かけてくれよ」
「億劫だ」

 本気で億劫そうに盛大に肩を竦めたグラスティに対して、エルフェスは噛み付いた。

「おい!カワイイ息子が怪我してるってのに、オヤジは見捨てンのか?!」
「はて、わたしの目にはドラ息子に見えるのだが?近衛騎士長なぞになりおって。そんな
に敵と面と向かって戦うのが怖いのならば、ハナから兵と言う職を選ぶな。職さえ選べば、
兵でなくとも女性にモテるぞ?」
「好きで近衛騎士長なったんじゃねえ!パワハラだ、パワハラ!オヤジと一緒にすんな!」

 髭を撫でつつほくそ笑んで喚き散らすエルフェスを眺めていたグラスティは、急にとろんと
した眠そうな目になって、

「“剣よ 我が盟友を癒せ“」

 と呟いた。
 エルフェスは大人しく怪我をした足を差し出し、ジョナサンは剣をエルフェスの右足に当
てて低く呟く。

「“リスティクゲッシュ”」

 軽く火傷をした右足に、淡い光が宿る。
 それと同時にエルフェスの熱を持った右足から急速に熱が取れ、エルフェスの火傷は完
治した。

「サンキュ、ジョナサン兄」

 エルフェスは治癒した足の調子を確かめる為に、トントン、とつま先で軽く地面を蹴った。

「全く、女性だけに親切にしてさ。“目の前で助けを請う者に手を差し伸べよ”とは、ドコの王
国兵団の鉄則でしたっけ?」
「はて、助けを請う者などドコに居たかな?」

 暗紫色の目を意地悪く細めて、グラスティは言った。

「王都クェードに帰ったら、いの一番にオヤジを眼科か耳鼻科まで強制連行だな」
「ああ、文字通りグラスティを乗っ取ってでも連れて行った方がいいかもね」
「失敬な。わたしの目は女性を口説く口実を見つける為にあるのだよ」

 グラスティは栗色の髭を擦りつつ、胸を張って自慢気に言い放った。

「その目ン玉くり抜いて、新しい目と取っ代えた方がいいと思うぜ」
「同感同感」
「全く、親不孝な息子とラッカイ不孝な妖精が居たものだな」

 グラスティはジョナサンとエルフェスの猛攻撃を軽く受け流し、髭を擦っていた右手を腰に
回した。

「で、エルフェスの未来の花嫁は見つかったのか?」

 エルフェスの表情が、一瞬曇った。

「いや、まだ見つかってねえ。死んだかもしれねえし、ひょっとしたら生きてるかもしれねえ」
「ならばとっとと探して来い。孫の顔を拝めなくなるではないか」
「ケッ、言われなくったって探してくるぜ」

 そう言い捨てたエルフェスは、踵を返して教会の跡地へ向かった。
 エルニャの家は全壊していて、探すのが不可能だったからだ。

「オヤジも、瓦礫の下敷きになんねえように気をつけろよ」

 グラスティも踵を返して、深紅のサーコートを翻した。

「ああ。そうならぬ為にも、メルメラ峠から兵を何人か集めねばな。ペパン王国からの上
客より、こちらの事後処理の方が大事だろう」
「そうだな。そっちの方は頼んだぜ」

 そう言ってエルフェスは、面倒そうに肩越しに手を振った。

「オレもエルニャの消息が知れたら、メルメラ峠に戻っから」
「ああ、いい報せを期待しよう」

 エルフェスはその返事に対して、グラスティに顔を見せる事無く歩きながら少し俯いて、
口の端を少し上げた。
 きっと、エルニャは生きているだろう。彼女の傍に居た、旅人のルカも。
 どこかに隠れているのかもしれない。もしかしたら、まだデルリフェルツに着いて居なかっ
たのかもしれない。
 エルフェスには、そんな予感がしていた。
 エルフェスはポケットに両手を突っ込み、エルニャの名を呼ぶ為に軽く息を吸った。


 それと、同時だった。
 本当に、一瞬の出来事だった。
 エルニャの名を呼ぶ為に、エルフェスは胸いっぱいに息を吸った。
 途端、エルフェスが思わずしりもちをついた程、強い強い風が吹いた。
 エルフェスの鎧はがちゃん、と音を立てて地面とぶつかり、クレイモアは地に寝そべった。

「いってえな、一体何が……」

 エルフェスの言葉はそこで途切れた。
 目の前に、赤い滴が一滴、二滴。
 ひっきりなしに鉄臭いそれが落ちてきて、紅いラインを描き始める。
 紅い滴と線はゆっくりと目の前に移動し、そして。

「…………ッ?!」

 目の前で羽ばたく黒き竜は、栗色と金と深紅の物体を咥えていた。
 顔に微笑を浮かべ、目を閉じ、まるで安らかに眠っている様だった。
 それは胴体から引きちぎられていて、分割された鎧の色は金色。
 そして、裾が引き千切られているサーコートの色は……

「オヤ……ジ………?」

 エルフェスは信じなかった。
 しかしその一方で、頭の片隅では漠然と信じていた。
 栗色の髪、栗色の髭、金色の鎧、深紅の引きちぎられたサーコート。
 それらが意味する事は、かつて“これ”がグラスティ・タイユフェールと呼ばれていた事。
 また、ジョナサン・ジャックレムとも呼ばれていた事だった。

「て、てめえ、オヤジ……を………?」

 先程までしりもちをついていたエルフェスはよろけながら立ち上がって、無意識の内にクレイモアを抜いた。
 しかしそれを構えるともなく、ただ抜き身の剣を右手に呆然と立ち尽くすだけだった。

 ―― オヤジ、嬉しそうだな。

 エルフェスはぼんやりとした表情のまま、未だ黒き竜の口に咥えられている“これ”を見つ
めていた。


 これはきっとオヤジだ。いや、それにしても余りに美しいよな。このオヤジに似た“これ”は
きっとオヤジが魔法か何かで造り出したもので、オレをおちょくる為に造ったんだろうな。
畜生、あのキザオヤジ。まんまと罠に引っかかっちまったじゃねえか。胸糞悪ぃ。今度、利
子三倍のトイチで返済してやんねえとな。いや、返す必要なんか無いんじゃねえか?だっ
てオヤジは目の前に居る。笑ってる。声を出さずに、静かに。優しく笑ってる。だって、目
の前の“これ“は…………



 エルフェスは掌に若干付着していた赤い滴を、静かに口に運ぶ。
 鉄の味がする。不味い。でも、まだ固まっていない。
 これは何だ?
 マジでわかんねえのか?
 いや、オレは流石にそこまで莫迦じゃねえ。
 これは、これは……そうだ、これは……。


「―――ッ!」


 エルフェスは声にならぬ雄叫びを上げながら、未だ魔法の消えぬ足で勢い良く黒き竜に
飛びかかった。
 黒き竜は加えていた“これ”を脇に放り投げて応戦する。
 エルフェスは、投げた先に柱か何かがあったら痛えじゃねえか。もうちっと丁寧に扱えよ、
と思った。
 しかし、その思いも“グラスティは死んだ”と言う現実によって、杞憂として処理される。
 この黒いヤツは。黒い竜は。オヤジを。グラスティを。ジョナサン兄を。そして、もしかしたら
あのお転婆小娘を・・・・・・。
 母さんを、俺から全てを、残らず奪っちまったんだ。
 許さねぇ、許さねぇ、ぜってぇ、許さねぇ・・・・・・ッ!!
 
 エルフェスは怒りに任せて、剣を牛の角の様に構えて口を大きく開けている黒き竜目掛けて
突進した。
 刺し違えてもいい、俺から全てを奪ったヤツの全てを奪ってやる。
 その一つだけを、強かに思いながら。




≫「ふぁいてぃryChapter2-4 : ツークツry」の全文を読む
スポンサーサイト
2008.02.21(15:50)|新生ふぁいてぃんぐ!コメント(0)TOP↑

 ぴちょん、ぴちょんと水滴が一滴、二滴滴り落ちる音が洞穴に響いては消え、響いては
消えを繰り返している。
 フルフトリドの丘の南にある横穴から崩れかけた神殿へと入ったエルフェス一行は、そ
の奥にある泉の前で足を止めた。

「ほら、なーんもねえだろ。目の前のルーク以外は」

 そう言ってバスケットを下ろしてから真っ直ぐ前を指差したエルフェスは、得意げに語る。

「ここが、黒き竜ベルゼブルが封印されてるって言われてる場所だ。っつっても、チェスの
駒のルークしかねえけどな」

 エルフェスの目の前には、深さがエルフェスのくるぶし程までしか無い程浅い泉がある。
その泉の中央は目線ほどの高さに盛り上がっていて、一筋の光が差し込んでいた。その
台のような山の上には、掌程の大きさで、塔の形をした黒いチェスの駒が静かに立っていた。

「ルークってーのは見てくれは塔だが、元々は二輪馬車だったンだ。もっと解りやすく言って
やると、戦車だ。ルークをここに置いて黒き竜ベルゼブルが封印された場所と決めたヤツ
は、相当な皮肉屋だよな」

 口から焔を吐いて手当たり次第に焼き尽くす黒き竜ベルゼブルと戦車をかけたんだな、
と続けたエルフェスは一息ついて、バスケットから水筒を取り出し口をつけて飲み始める。

「博識ね。そのシュミの悪い鎧を着てきたついでにあの小さな図書館で調べたの?」
「違ぇよ。オレが知識人なだけだ。見直したろ?」
「三ポイントだけ株価を上げてやるわ」
「そりゃどうも」

 エルニャとエルフェスが言い合っている間、ルカは無言で泉の中央に静かに佇むルークを
見つめていた。
 まるで、何かを求めているかの様に。

「んじゃ、とっととメシにしようぜ。腹減ったし、いい加減このやったら重てえバスケットから
開放してくれよ」
「食べたら体が重くなるじゃない」
「摂取したカロリーは全部オレを殴って消費してるから大丈夫だろ、この暴力小娘」
「わたしみたいな清楚可憐でおしとやかな女の子を捕まえておいて暴力小娘と定義する
なんて、失礼にも程があるわ!切腹しなさい!それで赦してあげるわ!」
「なーんでてめぇの為に切腹せにゃなんねえんだよ!てめぇこそ鏡見てきやがれ、どっから
どう見ても怪獣だろうが!」
「失礼しちゃうわね!あんたこそキザよ、ナルシストよ!現実見なさいっ!」
「なにおう、ナルシストじゃねえよ、オレが美形なのは見た目通りの現実だろ?!」
「それをナルシストって言うのよっ!」

 だんだんとヒートアップしてきたエルフェスとエルニャの言い争いに全く動じる気配の無い
ルカを尻目に、二人は今にも掴みかからんばかりの勢いで、怒りのボルテージを上げていく。
 とそこへ、そこかしこに泥の痕をを現在進行形で付着させながら、ドライツェが走り寄って
きた。

「はあ、はあっ……エルフェス、きぃしちょぉっ……!」
「ん?どうした、ドライツェ?」

 汗だくで息を整えるドライツェに対し、エルフェスは怪訝な顔を向ける。いつもはリット王
国のデルリフェルツ砦でデスクワークをしているはずの彼がエルフェスを尋ねて来るなんて
余程大事があったに違いないと思ったエルフェスは、エルニャとの口論を勝手に休戦して、
ドライツェの話を全神経を集中させて聞き入った。

「何かあったのか?」
「え、ええ、ペパン王国の、パラディン十二騎士が、北の、メルメラ峠を、迂回して、侵略し
てくるって、情報が……!」
「何だと?!」
「ですから、メルメラ峠の西に、リット王国兵団と、近衛騎士団を配置して、迎え撃つように
と、グラスティ副団長が、仰せです」

 息を整えながら言うドライチェの報告を聞きながら、エルフェスは靴の紐を締め直していた。

「おい、エルニャ、ルカ、てめぇらはデルリフェルツに帰ってろ。オレはペパンの兵隊さんとこ
んにちわしてくるぜ!」

 エルフェスはそう言って、デルリフェルツの北に向かって勢いよく走り出した。直後、息を
整えたドライツェから声がかかる。

「きしちょ、両手に花なんて……意外とモテるんですね」
「かたっぽは人食い花だ。噛み付かれンなよ?」
「騎士長はエルニャさんが好き、と聞こえました」
「この戦争が終わったら、いい耳鼻科紹介してやるぜ」
「ははっ、楽しみにしてますよ」

 そんな些細な言い争いをしながら、クレイモア使いとサーベル使いの藍色のサーコー
トが、青々とした丘の緑に混ざっていく。

「ルカ、行くよ!」

 エルニャはそう叫び、ルカを置いて駆け出した。すぐ後ろから、ルカがついて来ると思い込
んで。
 ルカは目の前のルークを呆然と見ながら、エルニャの声が聞こえているのかいないのか、
ただ軽く頷いただけだった。





「わざわざ、何で、メルメラ峠、経由で、遠征して、来ンだよ……」
「こっちの、都合も、考えて、欲しい、ですよね……」

 全速力で走ったせいで息を整えるのに必死なエルフェスとドライツェは、メルメラ峠の東に
陣取っている近衛騎士団とリット王国兵団のハリボテ本陣にて、リット王国兵団長のグラス
ティと会話していた。ハリボテ本陣の名の通り、ただ単に馬と人が混在しているだけの場
所だったが。

「仲良しこよし砦と言っても、いざとなれば即座に戦闘態勢に入れる準備はしてあるから
な。デルリフェルツ砦を直接攻めるより、迂回して来た方が遥かに楽だと見込んだのだ
ろう」
「ったく、こっちの戦力を分散させるたぁ全くいやらしい王国だよな」
「ああ、そうだな。所でエルフェス」

 ようやっと息を整え終わったエルフェスに対し、リット王国兵団のグラスティはエルフェ
スをまっすぐに見据える。

「いいニュースと悪いニュースがあるのだが、どちらから聞きたい?選ばせてやろう」

 エルフェスは額の汗を袖で拭って襟元を正しながら、グラスティの問いに応じる。

「別にどっちからでも構わねえが、出来れば走ってきた直後だから、お手柔らかにいい
ニュースから頼むぜ」
「そうか。ならばご希望に応えてやろう。確かにペパン王国軍がメルメラ峠から侵略してく
ると言う情報を得たのだが、実は侵攻してくる可能性のあるルートは二つあるのだ。メルメ
ラ峠を東部経由の時計回りで侵攻してくるルートと、今わたし達の居る西側をまっすぐ下っ
てくるルートだな。もし東部のルートを取られれば、そこには一切布陣していないので一発
でアウトだ」
「あんましいいニュースとは思えねえが、まあいいか。悪いニュースは?」
「攻めてくるのはたった十三人らしい。ペパン王国のパラディン十二騎士と、国王様だな。
よってパラディン十二騎士とペパンの国王陛下をうまく生け捕れば、リット国王陛下がかね
がね熱望していた交渉が出来ると言う按配だ」
「いいニュースと悪いニュースを取り違えてねえか?」
「済まない、主語が抜けたな。敵さんにとっていいニュースと悪いニュースだ」
「それを早く言えよ。んで、その手薄な東部の対策はどーすンだ?」
「何、わたしとエルフェスの二人も居れば十分だろう」

 栗色の顎髭を撫でながら、グラスティは自慢気に胸を張って言った。

「流石に二人対十三人じゃ勝ち目ねえだろ」
「何も戦うとは言ってはいないだろう。ちょっとペパンのパラディン十二騎士様と国王陛下
をおちょくって、ここまでおびき寄せればいいだけの話だ」
「ガキの戦争か?」
「これも作戦と言って頂きたいものだな。人の感情を利用するのも、立派な戦略だ」

 深紅のサーコートを靡かせながら、グラスティは答える。

「まあ、そう言う事だ。ドライツェ、ここの指揮を頼む。わたしとエルフェスは馬に乗って、東
部で待ち構えているとしよう」
「は、はい、わかりましたあ!」

 ドライツェは慇懃に敬礼をして、兵達を纏める為に駆け足で立ち去っていった。残されたエ
ルフェスとグラスティは目的地までの足となる馬を適当に見繕って、颯爽と手綱を繰って駆
け出していった。





2008.02.21(15:38)|新生ふぁいてぃんぐ!コメント(0)TOP↑
 港町デルリフェルツの南にはサウスリット港があり、その港に停泊している船は北の
ミレシア公国や東のドレフュス帝国へと行ったり来たりして、物資を運んでいる。港町デ
ルリフェルツの西にはペパン王国国境となっているフルフトリドの丘があり、フルフトリド
の丘の東にはリット王国軍の砦が、西にはペパン王国軍の砦が静かに佇んでいる。

 リット王国が建国されて、約千五百年。有史以来ペパン王国とリット王国間の戦争は
無く、隣国ではあるが互いの国の事は全く知らなかった。が、今にも戦争が起こりそうな
程に仲が悪いと言う訳でも無いので、フルフトリドの丘を挟んで両軍が睨み合っていると
は言えど、リット王国兵が気軽にペパン王国砦まで遊びに行けるような環境だった。

 そんな環境なので、一般人やリット王国のお偉いさんが国境となっているフルフトリドの
丘を歩き回っても、抜き身の剣を向けてくる者は居ない。むしろ、笑顔で会釈をすれば笑
顔で会釈を返してくれるような、心温まる平穏そのものの環境だった。

「とっとと歩きなさいよ、ナルシスト!」
「ちっとはオレの事も考えやがれ!」
「あら、タイユフェール家はレディーファーストを重んじる家系じゃないの?」
「てめぇをレディーと定義すンだったらな」
「全く、失礼しちゃうわね。ま、こんなカンジでこのナルシストを牛馬の様に使い倒すのが、
この港町デルリフェルツの流儀なのよ」
「か、可哀相ですよ、腐ってるけどこの国の近衛騎士長様なんですし……」
「おい、てめぇら、オレの敵か味方かはっきりしやがれ。どっからどう見てもピッチピチの
近衛騎士長様じゃねえか、腐ってンのはてめぇらの目だろ?!」

 横暴な物言いのエルフェスに向かって、エルニャは大袈裟に肩を竦めて答える。

「どこから突っ込んでいいのかわからないわ。ま、文句言う位ならとっとと歩いてよ。遅いわ」
「オレの状況をちっとは理解してくれよ」
「エルフェスは私達の奴隷って状況でしょ。ちゃんとわたしの奴隷として働きなさい」
「近衛騎士長様を奴隷扱いするたぁいい度胸してやがるぜ、ったく」

 港町デルリフェルツの西にあるフルフトリドの丘を時計回りに南下した所に、目的地の
崩れた神殿がある。そこを目指してエルフェス一行は歩いているのだが、昼食にとエル
フェスの母が持たせたサンドイッチやら飲み物やらがたっぷり入ったバスケットを重そう
に抱えているエルフェスを突っつきながら、エルニャはルカと話をしていた。

「ねえさ、何で旅してるのか教えてよ!お宝探しをするため?強くなるため?あ、それとも
恋人探し?」

 エルニャは兜の隙間からおさげを出して揺らしているルカにそうまくし立てながら、エル
フェスを急かせる為に鞘に入れたままのレイピアで、エルフェスの太腿やらふくらはぎや
らを突っついている。

「え、えっと、人を助けるためです。人を守るために人を殺せる人を探しながら、自分がそ
んな人になれるように修行しているんです」

 ルカは剣帯に固定しているパタの鞘を、ぎゅっと握り締めて続ける。

「あたしの故郷は、ミレシア公国との国境近くにあったトッタン村なんです。ある日、ミレシ
ア公国軍がトッタン村を攻撃して、そして、村の人を……」

 聞かなければよかったかもしれない、とエルニャは思った。エルフェスは相も変わらず
無表情に重いバスケットを持ち、ルカは俯いて話を続ける。

「あたしの家族を、皆殺しにしました。あたしだけは何とか逃げ切れたけど、目の前で
両親や……妹やお兄ちゃんが、殺されました。だから、もう、そんな、事が、起こって欲
しく、ないから…………」

 嗚咽交じりに、消え入る様な声で終わらせたルカは、エルニャに優しく肩を抱かれる。

「ごめんね、嫌な事聞いちゃって」

 エルニャの腕の中でルカは小さく頭を振って答える。

「見つかるといいね。守ってくれる人」

 優しく慰めるエルニャに対し、エルフェスは無表情に答える。

「んだから言っただろ、理想だけじゃ現実は動かねえって。理想を現実にしたきゃ、努力し
ろ。自分の出身地でもねえ危険な村を、命を賭けて守るお人よしなんざリット王国のドコ探
しても居ねえって。人探しなんざ諦めて、仕事しながら地道に修練した方がまだ現実的
だぜ?」
「あんたは!人の心ってもんが無いの?!」

 エルニャは涙目で、この心無い事を言う近衛騎士長をきっと睨みつける。

「残念ながら、人の心だけで現実は動くとは限らねえんだ。何日もパンが食えねえような
ガキが可哀相だからって、パンが降って来ンのか?誰かがパンを与えンのか?誰かが飢
えたガキを暖かな家に迎え入れンのか?」
「そんなの、絶対にあり得ないとも限らないじゃない!」
「だが、常にそうなるとも限らねえんだよな。よしんば誰かが飢えたガキにパンを与えたと
しても、気休めにしかなんねえだろ。また数日後には同じ状況になるこたぁ目に見えてる
からな」

 エルフェスは軽く呻吟を吐いて続ける。

「んだから、生きる為にそのガキはパンを買う為に働かなきゃなんねえだろ。生きたいっ
て理想だけで生きてちゃ、その内飢えて死ぬぜ。だからその理想を叶える為には、仕
事って努力をしなきゃなんねえだろ。盗んだ果物は美味しい、って言うじゃねえか。確かに
楽して手に入れたモンは情が溢れてて美味いだろうが、そん時だけの幸福感だろ?」

 そう言ってバスケットを持ち直したエルフェスに対して、エルニャは涙を隠さずに反論する。

「でも、でも、世の中には、無情な人ばっかりじゃないのよ!困った時に手を差し伸べてく
れる人も居る。その手をちょん切る人も居るけど、その人の手の代わりになる人も居るで
しょ?!何で人間全体をエルフェスのものさしで一括りにするのよ!」

 エルフェスはバスケットの重さも相成ってか、これ以上口喧嘩を続けるのが面倒臭くな
って、ため息をつきながらおざなりな返事を返す。

「あー、わーったわーった。済まねえな。世間様は広いンだよな。オレみたいな情無し野
郎ばっかじゃねえよな」
「……心の底から言いなさい。わたしは愚かでした、って」
「あーはいはい、オレみたいなどうしようもねえ愚か者は千度位ぇ死んどきゃいいよなーっと」
「溜飲の下がらない言い方だけど、まあいいわ。赦してあげる」
「そりゃーありがとござんした」

 徹頭徹尾無表情に言い切ったエルフェスは、相も変わらずバスケットを重そうに持って、
腰の剣帯にしっかりと結わいてあるクレイモアを揺らしながら先頭を歩いている。そんなエ
ルフェスの背中を追う為にエルニャは涙を拭って足を前へと運んだ。

「だから、あたしは……」

 兜のバイザーに遮られている為ルカの表情は見えないが、その言葉に確固たる意思を
秘めながら、誰にとも無く呟いた。二人に置いてけぼりを食らわない為に、一歩一歩草を
踏みしめつつ歩きながら。

2008.02.21(15:33)|新生ふぁいてぃんぐ!コメント(0)TOP↑

- 2 -

 かつて、この世界には三匹の悪魔が居た。
 一匹はベルゼブルと言う、口から焔を吐き、翼を有し空を駆け巡り、その速さは一夜にし
てこの世界を一周すると言われる黒き竜だった。
 一匹はイスカリオテと言う、姿は無く、人の心に足音無く忍び寄り、その心に邪智や邪心
を植え付け破滅へと向かわせる、陽炎の様に姿無き亡霊だった。
 そして、一匹はサバクタニと言う、無尽蔵の知識を持ち、精霊を宿し一つの肉体に魂を二
つ所有する人間、いわゆるラッカイに対し非科学的な力を与え、自身は直接手を下さない
が破壊の為の力を一握りの人間に与え続ける、片目を失った老人だった。
 三匹の悪魔は世界中を荒らし回り、戦争を起こし、人を互いに争わせた。精霊は狂い、手
当たり次第の人間に憑依し、憑依された人間はその力に溺れ、自滅していった。
 神はそんな気狂いじみた世界を嘆き、十三人の使いを天の国アルカディアよりこの世界
に派遣した。
 十三人の天使はこの世界の人々に神の教えを説き、三匹の悪魔を封印し、そのまま歴
史に埋もれるかのように消えていった。
 その天使は栗色の翼を持ち、幼子の姿をし、常に聖なる物を携えていたと言う。
 その聖なる物は天使によって剣だったり聖杯だったりと形は様々だが、悪しきものをその
聖なる物に封じ込む事が出来る力があったと言われている。尤も、今では確かめようにも
十三人の天使達は既に天の国アルカディアへと帰っていると言われているので、確かめ
る術は無いが。
 そんな神話の物語をかいつまんで謳う聖歌をおざなりに聞きながら、エルフェスは教会
の長椅子にふんぞり返って中央に畏敬なる静寂を携えて飾られているエント神の像を眺
めていた。
 エント神はウサギの様な長い耳を持った、男か女かわからない姿をしているとされて
いる。右手に聖杯を、左手に横笛を持ち、腰には力の象徴である一振りの片手剣を携え、
傍らには悪しき者から世界を守る象徴と言われている、大きな大きな楯を足に立て掛けて
いる。

 エルニャがパンケーキに混入されていたラム酒に酔って倒れてから、四ヵ月後。
 ペパン王国側は相も変わらずリット王国の使者を追い返し続け、グラスティ・タイユフェー
ル率いるリット王国兵団とエルフェス・タイユフェール率いる近衛騎士団で疲労の色が
濃くなりつつある中、季節は春から夏へと移り変わっていた。
 すっかりエルニャと親しくなって、ただただ聖歌を聞き流しながらエント神の像を眺めて
いたエルフェスは、鎧を脱ぎ、薄手のチュニックの胸をはだけて少しでも涼を取ろうとうち
わを扇いでいた所で、唐突に隣から声をかけられる。

「貴方もお祈りですか?」
「ああ、体裁はお祈りだな」

 面倒臭そうにそう答えたエルフェスは、隣人が座るスペースを確保する為にきちんと
座りなおす。

「美しいですね、エント神様の像」

 中性的な顔をしたエント神の像を眺めながら、隣人はエルフェスの隣に腰を下ろす。

「ああ、見てくれは美しいな」

 内面は醜悪以外の何者でもねえけどな、と言う言葉を飲み込んで。

「よくここに来るのですか?」
「ああ、毎朝来てる」
「敬虔なエント教徒さんなのですね」
「んにゃ、そうでもない」
「では何故、毎日祈りを捧げるのですか?」

 エルフェスは面倒そうに深緑の鎧の胸に描かれた剣の紋章を指差した後、腰の剣帯に
引っ掛けている、近衛騎士長の身分に相応しく華美な装飾の施されたクレイモアを指し示す。

「なるほど、身分の高い騎士様なのですね。戦争で人を殺したから、その懺悔をする為に
ここへ」
「いや、それも違うんだよな。オレは一度も戦争に行ってねえし、人を一人も殺しちゃいない」

 心底面倒そうに言うエルフェスに対し、隣人は尚も問いかける。

「それならば何故、毎日祈りを捧げるのですか?」
「腐っても騎士だからな。いつか人を殺した時の為に、神さんに赦して貰えるようお祈りし
てるだけだ。体裁はな。……オレだって地獄とやらに行きたくはねえが、職業軍人やって
る以上は気休めにしかなんねえだろうな」

 聖歌隊を眺めながらむすっとして答える騎士に対し、隣人は兜を脱ぎながら答える。

「あたしは、生きる為に人を何人も殺しました。生きる為に、妹やお兄ちゃんや……親も、
見殺しにしました」

 相変わらずむすっとした表情でまっすぐ前を見つめる騎士に対し、隣人は尚も続ける。

「だから、あたしは祈りに来ました。精霊になった家族が、少しでも幸せでいられるように。
そして、結果的に見殺しにしたわたしを、赦してもらえるように」

 隣人はそう言って、やんわりと微笑む。

「都合のいい考え方だよな。神さんなんて居るかどうかもわかんねえヤツに一生懸命頼
み込んで、いつかは赦してもらえるなんて」

 エルフェスがそう言った途端、聖歌隊の歌が静かに終わる。数えるほどしか居ない聖歌
隊のメンバーの中からエルニャを見つけ出して、エルフェスはしかめっ面のまま軽く手を振る。

「理想だけじゃ、現実は動かねえんだぜ。赦してもらいたきゃ、祈るだけじゃなくてそれ相
応の行動をしろ」
「そんな事を言ったら、貴方の祈りも無意味な行動になりませんか?」

 そう反論した隣人は、表情一つ変えない隣人を見遣る。

「オレは、赦される為に祈ってるんじゃねえからな。祈る為に祈ってんだ」

 意味不明な事を口走りながら、エルフェスは足を組む。

「理想通りの現実にしたけりゃ、努力しろ。もし神さんとやらが居るンなら、それ相応の報い
はあるだろ」
 そう言ってエルフェスは、エルニャ以外に関心を示す物が無くなったのか、走り寄って来る
エルニャを見つめて黙り込んでしまった。
 エント神像の隣にあった合掌代からぴょん、と飛び降りたエルニャは、エルフェスの元へ
駆け寄った。対するエルフェスは右手を上げて軽く会釈をする。

「今日は三十点、ってトコだな」
「今日も昨日もおとついも三十点だったじゃない」
「言い換えようか。三十に小数点付けて五十四だ」
「それ、喜んでいいのか怒るべきなのかわかんないじゃないの」
「自分の胸に手ぇ当てて聞いてみろって。自己評価が全てなんだぜ?」
「自己評価が全てなんだったら、エルフェスに聞いてもらった意味無いじゃない」
「世の中説明出来る事ばっかじゃねえんだぜ?」
「少なくともこれくらいは説明しなさいよっ!責任感の無い男はみっともないわよ!」

 頬をぷくっと膨らませたエルニャに対し、エルフェスは苦笑しながらエルニャの頭を軽く
撫でる。

「あら、貴方は……?」

 エルフェスの隣人に気付いたエルニャは、少し首を傾げる。

「わたしは、ただ通りすがっただけの旅人です」

 微笑をして、兜を脱いだばかりで髪の毛がぼさぼさなおさげの隣人は答える。

「探しているものを見つける為に、旅をしているんです」
「探しもの?何を探しているんですか?」

 エルニャはこの自称旅人と言う少女に問うた。

「何かはまだはっきりしていません。けれど、いつか見つける為に旅をしているんです」

 自称旅人の少女はやんわりと微笑んで、エルニャを見る。

「そ、それは果てしない旅ですね。いつか何か見つかるといいですね」

 エルニャはこのぼさぼさ髪の毛の旅人の事を、心の中で変人と定義付けて話をいいか
げんに切り上げる。

「そうだ、もし宜しければ、フルフトリドの丘の場所を教えて頂けませんか?」

 今までむっつりとしていたエルフェスが、ふいにきょとんとした顔を旅人に向ける。

「そんなん聞いてどうすンだ?あの丘にゃ、ぼろっちい神殿っぽいのしかねえのに」
「エント神話に語られている三匹の悪魔の内の一匹、黒き竜の姿をしていたと言われて
いるベルゼブルが封じられていると言われているフルフトリドの丘って、どんな所なのか
なと思いまして」

 微笑のまま、鉢巻をした旅人は答える。対するエルフェスは怪訝な顔をして、この旅
人を一瞥する。

「大したモンはねえぞ。奥にはやたらとでかいチェスの駒が一個、崇められてるだけだぜ」

 訝しむように兜を脱いだばかりの旅人をそれとなく探るような口調のエルフェスへ横槍を
入れるように、エルニャが口を挟む。

「見たいって言ってるんだから、旅の記念に見せたらどうよ?別に見たって減る物じゃな
いんだし」
「だがなあ、エルニャ……」
「何よ。見られちゃ悪い事でもあるの?」

 エルフェスは盛大に呻吟を吐いて答える。

「口で説明してわかるような場所じゃねえだろうが。案内しねえと行けねえような場所だ
ろうが。案内すンのめんど臭えだろうが」

 そう言い終わるや否や、エルフェスのみぞおちにエルニャの鉄拳が勢いよく沈み込む。

「もし旅人さんが良ければ、このナルシストを引きずって案内しますけど。どうです?」

 エルニャは満面の笑みを浮かべて、旅人の顔を見る。

「あたし、ルカって言います。初見でお言葉に甘えてしまって申し訳無いのですが、宜しく
お願いします!」

 黒髪のおさげを揺らしながら勢いよく頭を下げたルカに対し、エルニャは右手を差し伸べる。

「わたしはエルニャです。この隣で伸びてるナルシストの保護者です。宜しくお願いしますね」

 ルカはエルニャに右手を差し伸べ、軽く握手を交わした。

「で、このナルシストはエルフェ…………何してんのよ?」

 先程みぞおちを力いっぱい殴られたエルフェスは、目の前に立っているエルニャに寄り
かかって気絶していたハズなのだが、いつのまにか右手でエルニャの太腿辺りを軽く
撫でていた。

「ああ、今日のエルニャの品定めをな。シャンプーの香りが飛んでンのはいいが、昨日の
レイピアの練習中の様な汗臭さはねえ。が、これもこれでいい味出し」

 エルフェスが言い終わらない内に、エルニャの踵がエルフェスの頭上に落される。

「言い直すわ。この変態ナルシストはエルフェスって言うの。ロクでなしだけど、一応これ
でも近衛騎士長様らしいわ」

 らしい、と言う言葉を強調して、エルニャは目を回しているエルフェスを一瞥する。

「は、はあ……。宜しくお願いします、エルフェスさん」
「こいつをさん付けで呼んだら後悔するわよ。シモベか奴隷として扱った方がいいわ」
「はあ……」

 驚愕の色を隠せないルカは、心配そうにエルフェスを見遣る。

「宜しくお願いしますね、エルフェス」

 ルカは心配そうにエルフェスを見つめながら、そっと手を差し伸べる。

「ったく、痛ぇよ……一種の愛情表現だってのに……。宜しくな、ルカ」
「そんな愛情表現はいらないわ、返品よ返品!」
「生鮮食品は返品不可能なんだぜ?」
「あら、粗大ごみかと思ったわ」
「残念だったな」

 全快した様子のエルフェスは立ち上がって、踵を返して教会の出入り口扉へと向かう。

「ま、行くンなら準備して来い。あそこはペパン王国国境に最も近い場所だからな、体裁
だけでも武装しとけ。オレは鎧着てくるから、適当なトコでちっと待ってろ」

 心底面倒臭そうに自宅へと向かい始めたエルフェスを一瞥したエルニャは、ルカの手を
取って出入り口へと引っ張った。

「たまにはあのナルシストも正論言うわね。わたしも用意したいからちょっと家に寄るけど、
ルカはここでヒマを潰すしかないでしょ?だったら、わたしの家で何か飲んでてよ」

 エルニャはそうまくし立てて、ルカの手をぐいぐい引っ張っていく。

「そ、そ、そこまでお世話になる訳にはぁ!」
「大丈夫だって。遠慮しない遠慮しない!」
「わわっ、悪いですよ~うっ!」

 ルカの悲しい悲鳴を響かせながら港町デルリフェルツの教会の奥に密かに佇むエント神
像は、この港町デルリフェルツの教会を眺めていた。嬉しいような悲しいような、慈悲深そ
うだが無情とも取れる表情をして、ステンドグラス越しの朝日を一身に浴びていた。




2007.12.13(12:36)|新生ふぁいてぃんぐ!コメント(0)TOP↑
1-3 そのーさんっ!



 それから一時間後。
 書斎の泥を綺麗さっぱり掃除し、きちんと手洗いうがいをしたタイユフェール親子は、親子
揃ってバターもしくはサワークリームとはちみつたっぷりのパンケーキを頬張るのに忙し
かった。

「見れば見るほど、どれもおいしそうですね、このパンケーキ。それに、この紅茶も……」

 エルニャは食卓の中央にある大皿に積み上げられた、チョコチップやら野菜ジュースやら
ココアやらが混ぜ込まれた一枚たりとも同じ物が無いと断言してもいい程に個性的なパン
ケーキが山を作っているその一角を、未使用のパンケーキ取り用のフォークで、どれから食
べようかと迷いながら突っついていた。
 暫くパンケーキの山を突っついていたが、決めあぐねたのか、エルニャはパンケーキの山
の傍らに置かれたティーポットを傾けて人肌に暖められたティーカップにエキゾチックな香り
を漂わせる紅茶を並々と注ぎ、ゆっくりと、香りと味を愉しむように飲み始めた。

「パンケーキのバリエーションが多すぎて、どれから食べようか、まるで見当がつかないわ」

 見る限り全て美味しそうだもの、と嬉しい悲鳴を挙げるエルニャに、エルフェスの母は「そ
うねぇ」と言いながら、エルニャの代わりに品定めをする。

「このプレーンヨーグルト入りのパンケーキに、バジルを添えたサワークリームを塗って食べ
てもおいしいよ。あ、あおのりポテトチップスを混ぜ込んだパンケーキもサクサクしてておい
しいかも。いや、やっぱりこっちの干しブドウ入りのパンケーキの方が……」

 製作者自身、どれが一番のおすすめパンケーキか判断しかねていたので、仕方なくエル
ニャは、目の前で手当たり次第にパンケーキを頬張っているエルフェスとグラスティの真似
をして手当たり次第に口に放り込む事を決め込んだ。

「このパンケーキが、おいしそうね……」

 おいしいかどうかは食べてみなければわからないが、目の前の親子が何も言わずに必死
になって食べているので、きっとどれもおいしいのだろうと思ったエルニャは、何の変哲も無
いパンケーキを一枚取ってバニラアイスとバジルを乗せて頬張り始める。
 ほっかほかのホットケーキの熱で、乗せた途端にトロン、と美味しそうにとろけたバニラア
イスのてっぺんにバジルを乗せ、その上から甘い香りを漂わせるハチミツをゆっくりと、かつ
たっぷりとかけていく。かけ終わったら、フォークでバニラアイスとはちみつを混ぜるようにし
てそれらをパンケーキに塗り、パンケーキがしっとりとしてきたらフォークで一口サイズに切
り分けて口へと放り込んだ。

「う~ん、おいしい!甘いし、いい香りだし、それに……」

 エルニャはそう評価して、顔を赤らめる。

「何枚でも、食べられちゃうくらい……いいお味ぃ~」

 異変を感じて、エルフェスは顔を上げる。頬にサワークリームが付いているような気がし
たので、手近にあったペーパーティッシュで口の周りを拭きながら、エルニャを凝視する。
 エルニャはと言うと、とろんとした目つきをしながら、先程のパンケーキを頬張っている。
否、頬張っていると言う表現は不正確かもしれない。口をもぐもぐさせながら、パンケーキを
フォークで突っつきつつ左手のティーカップに口をつけて、紅茶をちびちびと飲んでいる。

「紅茶も、とってもいいお味ぃ~……最高だわぁ……」

 どうにも様子が変なので、エルフェスは怪訝な顔をしてエルニャに声をかける。

「おい、どうした、エルニャ?」
「パンケーキ、おいしいのらぁ……」
「そうじゃねえだろ。お前、何か変だぞ?」
「そうでも……ないのらわぁ……」

 そう言ってエルニャは、その場でこっくり、こっくりと首を上下させる。
 怪しい。これは何かある。そう思ったエルフェスは、エルニャの飲んだ紅茶と全く同じ
ティーポットから注いだ、手元の紅茶を一口飲んでみた。

「……やっぱ、何の変哲も無い紅茶だよな」

 手に持ったティーカップの中を凝視して、エルフェスは再度考える。他にエルニャが異変を
起こすような原因は……。

「母さん、エルニャの食べてたパンケーキの中に何を入れた?」

 エルフェスの母はしれっと答える。

「大した物は入れてないよ。大さじ一杯程度のラム酒を入れた位かしら?」
「それを『大したモン』って言うんじゃねえのか?」

 確かにオレもオヤジも酒にゃ弱かねえが、と言う言葉を飲み込んで、エルフェスは母を一
瞥する。

「まさか、彼女がここまでお酒に弱いなんて思わなかったから……」
「オレも知らなかったからセーフだ。小娘とは今朝、教会で会ったばっかだしな」

 原因が判明して安心したのか、エルフェスは落ち着いてティーカップを口に運ぶ。

「会ったばかりのお嬢さんを家に連れ込んだのか?」

 こう言う時だけ素早く反応したグラスティは、エルフェスを見遣る。

「人聞きわりぃ事言うなよ。朝オレが教会で祈ってたら、突然『近衛騎士長のナルシスト!
わたしの練習相手になりなさい!』と叫んで、オレをレイピアでたこ焼きを突っつく様につん
つく突っついて来たから、優しいオレは仕方なぁ~くこころよ~く練習相手を引き受けてやっ
たんだぜ。オレって優しいな」
「仕方なく、と言っている時点で優しいと言う言葉は帳消しになると思うのだが?」
「うるせ、黙ってパンケーキでも食ってろ、オヤジ。……っつーか何でこのおてんば小娘は、
オレに勝負を仕掛けて来たんだろうな……?」

 そう言えば、とはちみつとバターの混じった液体の付いた口で、グラスティは暫し思案する。

「朝方ドライツェが、忙しい最中に兵たちに片っ端から練習相手になってくれと頼み込んで
いる見目麗しき少女が居た、と言っていたな。どうせなら教会で祈る時間がある程ヒマで、
自己陶酔気味の近衛騎士長さんに頼んだら快く引き受けてくれるだろう、と言って追い返
したらしいが」

 そう言い切ってパンケーキの欠片を口に運んだグラスティは、とろんとした、眠そうな目つ
きになる。

「で、それを聞いたグラスティのおっさんはその少女を口説きに行こうと仕事を部隊長に
押し付けて探し回ったが、疲れて休憩しようと家に帰ったら見事少女を見つけたって話だ」

 忌憚なくそう延べたジョナサンはもぐもぐと数度口を動かした後、紅茶でパンケーキを流
し込んだ。

「口説くとは失礼だと言っているだろう。わたしはただ、見目麗しき少女と聞いたからには
お友達になっておかねば、と思ってな。近衛騎士団の非礼を詫び、我がリット王国兵団
の名声を上げておこうと思っただけだ」
「ったく、徹頭徹尾下心たっぷりな行動パターンだよな」

 エルフェスはそうごちて、ナイフとフォークを置いて立ち上がる。

「ん、もう食わないのか?」

 グラスティは口を動かしながら、立ち上がったエルフェスを一瞥する。

「いくら暴力癖のあるおてんば小娘っつっても、いくら男勝りも甚だしいっつっても、女の
子は女の子だろ。認めたかねえけどな。このまま食卓で眠らせてちゃ、レディーファース
トをモットーにする紳士的なオヤジなら良心が咎めるだろ?」

 今まさに華胥に遊ばんとしているエルニャを抱いて近くのソファへと運んだエルフェスは、
パンケーキを続けて食べようと食卓に戻る。
 パンケーキの欠片をフォークで刺して、口に入れようとした所でエルフェスを凝視するグ
ラスティが気になり、エルフェスはフォークを置いた。

「何だよ、オヤジ。何かあんのか?」

 困った表情をしてグラスティを見遣ったエルフェスに対してグラスティは、はちみつの付
着した顎鬚の上にある口の端を釣り上げて、

「で、今日一日でどこまで関係が進んだのだ?」

 と問いかけた。

「オヤジが期待するような事はしてねえよ。ただレイピアの練習相手になって、腹減った
から母さんにパンケーキ焼いてもらって、オレは掃除しまくって。そんだけだ」

 呻吟を漏らしながら、エルフェスはそう言い切った。

「そうか。まあ、まだ時間はある事だしな」

 悲しい事に、と思いながら、エルフェスはグラスティの言葉を聞いた。

「まぁーたペパン王国のヤツらに、使者が追っ払われたンだろ?リット国王さんもいい
加減、鎖国状態のペパン王国の動向が知りたくて躍起になってるからな。どうしても何
か進展があるまで帰ってくんなとか言われちゃあな……何年経ったらまた、王都クェー
ドに帰れンだろうな」

 パンケーキを食べるどころじゃない、と言わんばかりに肩を落したエルフェスに対し、
グラスティは逆に満面の笑みを浮かべて答える。

「何も悪い事ばかりでは無いと思うぞ。わたしは後数年で孫の顔が見られると思うと、今
からでもゆりかごを買いに行きたい気持ちでいっぱいだが?」
「気が早すぎるだろ。落ち付けよ、オヤジ」

 エルフェスは呆れて、あまりにも気が早過ぎる父親に対して呟く。

「それに、オレが兵隊さんに志願した理由、言ったろ?ヤな方向に出世しちまったけど」

 そう呟くエルフェスに対し、眠そうな目をしてジョナサンが回答する。

「まだ、諦めてないのかい?……その、騎士になった理由とやらを」
「当たり前だろ。オレが一番したくて……最も難しい事、だからな」

 悲しそうに眦を下げて、エルフェスは答える。

「小娘だからって油断してかかったら、勝負がつかなかったンだよな。んで、本気出して
かかったら……不思議な事に、やっと勝てたンだよな。今のままじゃちっとばかし相手
として不足だが、もうちっと鍛錬したら……」

 エルフェスは口の端を上げて、真っ直ぐ前を見据えて不気味な笑みを浮かべる。

「オレの技量に見合う、立派な好敵手になるだろ。折角いい人材を見つけたンだ。いい
感じになるまで鍛えてやって、そして……」

 グラスティは一息ついたエルフェスに、口を挟む。

「愛を育んだ後に結婚して、一日でも早くわたしに孫の顔を見せる、と」
「違ぇよ」

 即座に否定した息子を一瞥して、グラスティはパンケーキを一欠片、口に運ぶ。

「全く、やる事成す事全て親不孝な事をしてくれるな、エルフェスは」
「血で血を洗うような戦争から帰って来たと思ったらいい年こいた男の妖精さん連れて
帰って来たオヤジを持った、元明鏡止水な心を持ったお子様の心情も察して欲しいぜ、
ったく」
「元、と言う所がキーポイントだな」
「ケッ、言ってろ」

 グラスティの茶化しにいじけたエルフェスは、パンケーキの皿を台所に持って行く為に
立ち上がった。

「ま、オレももうガキじゃねえんだ。……オヤジにゃ、迷惑はかけねえよ」
「どう転んでも迷惑はかかると思うのだが?」
「少なくとも、わからねえようには配慮するぜ。どっちに転んでも、な」

 そう言い残して台所に消えたエルフェスを、グラスティは目で追った。嬉しいような悲し
いような、そんな表情をしながら。

「かわいい子には旅をさせよ、と言うけど……旅をさせ過ぎじゃないか?」

 相変わらず眠そうな目で、グラスティの妖精ジョナサンは自らのラッカイに対して声を
かける。

「何、自由に旅をさせておいて……道を踏み外さないよう手を回すのが、父親の役目
だろう?」

 グラスティはペーパーティッシュで口を拭きながら、そう答える。

「おっと、髭にはちみつがべっとりと付いてしまったな。痛まない内に、洗い落とさねば」

 グラスティはそう一人ごちて、洗面台へと消えていった。






 日が暮れて、辺りが真っ暗になった頃にやっと起き出したエルニャは、寝癖がついた頭を
整えながら体を起こした。

「……んぅ、ここはぁ…?」

 眠気まなこで辺りを見回すが、ラム酒によってすっかり記憶の飛んでいるエルニャは全く
覚えていないようだ。

「よっ、起きたか?暴力小娘」

 エルニャが起きた事に気が付いたエルフェスは、ソファに腰掛けているエルニャに歩
み寄り、マグカップを差し出した。

「はちみつを入れたホットミルクだ。飲め。ちっとは落ち着くだろ」
「あ、ありがと、ナルシスト……」

 顔を見てやっとエルフェスを思い出したエルニャは、エルフェスからマグカップを受け取
ってホットミルクを一口飲む。

「甘い……」
「そりゃそうだろ。はちみつをたーんまり入れてるからな。ウチでは、酔っ払ったらまずこ
れを飲むのが習慣なンだ」
「はぁ……」

 理解したのかしていないのか、エルニャは未だぼんやりとした頭でエルフェスの話に
適当に相槌を打つ。

「落ち着いたら家に帰れよ。このまま泊まられちゃ、オレの寝床が無くなるからな」

 冗談とも本気ともつかぬ口調で言ったエルフェスは、エルニャの隣にどっかりと腰を下
ろした。

「そうね、このナルシストの家に泊まると、ナルシストとキザがうつるわ。とっとと逃げ帰
って、お風呂に入って洗い落とさないと」
「なあ、オレとオヤジを病原菌か何かと思っちゃいねえか?」
「それ以外に何があるって言うのよ」
「こりゃまた酷ぇ客だな」

 そう言ったエルフェスはふくれっ面をしながら、右手に持ったマグカップに口を付けて
ゆっくりとはちみつホットミルクを胃に流し込み始める。

「ま、何だ。お前を夜道で襲おうとする大バカ野郎が、お前にめっためたにされちゃあ見
るに偲びねえからな。こわーいこわーいお兄さんお姉さんが来ない内に、とっとと家帰っ
て風呂入って寝ろ」

 憎まれ口を叩く茶髪の近衛騎士長に対し、エルニャは言葉の裏に隠された優しさを深
く噛み締めながら、憎まれ口で返答する。

「その『こわーいこわーいお兄さん』が、今わたしの真隣に居るナルシストだったりしてね。
もしそうなら、遠慮なくレイピアでめった刺しにしてお魚さんのディナーにしてあげるのに」
「そしたら妖精さんになってエルニャに取り憑いて、一生イジめ倒してやる」
「執念深い男はモテないわよ」
「親切にご忠告どうも」

 ずずーっ、とホットミルクを啜って、エルフェスはしかめっ面を返す。

「ほら、飲み終わったら送ってってやるから。落ち着いたら行くぞ」

 むすっとして言うエルフェスに対してエルニャは、ふんわりとした微笑で返答する。

「ナルシストが『こわーいこわーいお兄さん』にならない事を祈るばかりね」
「ケッ、言ってろ」

 マグカップを煽って口を拭った後、おもむろに立ち上がったエルフェスは、無言で台所へと
消えて行く。
 そんなエルフェスを目で追いながらエルニャは、口腔に軽くはちみつホットミルクを流し
込む。丁度いい暖かさと丁度いい甘さが口の中に広がり、それを愉しむように暫く口に含
んで飲み込んだ。
 はちみつホットミルクを飲み終わったエルニャは、帰路へとつく為に、エルフェスと共に
すっかり夜の帳の下りた港町デルリフェルツへと出た。
 明日も、このナルシストと一緒にレイピアの練習をして。ごはんを食べて、お話をして、
そしてまた日が暮れるんだ。
 ざっくばらんに頭の中で明日のスケジュールを組み立てながら、エルニャは自宅の扉を
勢いよく開けた。






2007.12.13(11:41)|新生ふぁいてぃんぐ!コメント(0)TOP↑
カテゴリー
最近の記事
せぶんすどらごん
アルカナこれくそん
 

saylusです。
斧使いです。
ふざけた装備の時は
支援仕様なので、
魔法ぶち込んでください。

さぽている
 

ローランですとも。

ブログでレベルアップ
リンク
最近のコメント
さいらすについて
おれの生態についての報告欄。

saylus

Author:saylus
【HN】
サイラス(saylus)
最近は浩介とも名乗ってます。

【ジョブ】
ニート。
病気療養中、とも言う。
とは言いつつも、ゲームシナリオを書き続けAIONをし続ける日々。
すごく・・・謎ニートです・・・。

【GID治療】
男ホル注射さぼってます。
理由は、お外に出ると一日中頭痛と吐き気が止まらないから。
生き残りたい。

【スペック】
生年月日:平成元年4月28日
年齢:今年で22才
性別:フツーの兄ちゃん
その他:条件、眼鏡等。但しAT車に限る。
身長:ちみっこい
体重:一ヶ月で10kg痩せた
性格:
自称、ただのにーちゃん
他称、悪人、変態、など様々である。

【好きなもの】
おっさんキャラ。特にFF7のシドとうたわれのクロウとFFTのダイスダークは別格。ゼノギアスのジェサイアとシタン先生も好き。
ガタイのいい男キャラ
パラディン/クルセイダー
ROの女プリースト系のスリット
及び、女教授のふんどし。
アルベール・カミュ作品全般
シャルルマーニュ伝説
エッダ、カレワラ、ケルト神話。
ゼノギアスとFF全般
ベルセルクとクレイモア
3と9と11と10-2,12はやった事が無い。
FFTのダイスダークはおれの兄。シドルファスは俺のパパン。
アルルゥとアグリアスたんとゼノギアスのマリアたんとマルーたんと雛苺はおれの嫁。
誰が何と言おうと、死んでもアルルゥと雛苺だけは誰にも渡さん。
チェスも好き。紅茶も愛してる。
アールグレイとダージリンとセイロンウバとアップルティーとカモミールティーは最高だ。

【嫌いなもの】
和風スイーツ(笑)ほぼ全て。きなことかもう大嫌い。
とろけるチーズ嫌い。でもピザのチーズはセーフ。
チーズハンバーグとかチーズバーガーとかはアウト。
後、SFモノの作品もあまり好きじゃない。
和風ファンタジーもあまり好きではないかな。
後、女性の立場を上げよう!って団体も嫌い。もう十分じゃねーか。

正直どちらかと言えば和食派。
肉より魚派。
揚げ物より煮物派。
東京で行ってみたい所は浅草。
旅行に行きたい所は京都。テラへ。
半年以内に叶う夢は甲斐性のある男になる事。
これから先の夢は子供を持つ事。
野望は生涯焼きそばとスパゲッティーとさばみそへの愛を貫く事。しいたけも大好きだよ。愛してるよしいたけ。

ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。